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「今を生きる」という幸せのメカニズム:②仕事編

4回に分けてお送りする「今を生きる」メカニズム シリーズ
今回は、2つめのシリーズをお届けします

❶ はじめに:こうして私は無敵になった
❷ 仕事編:未来に囚われていたわたし ← 今回はこちら
❸プライベート編:「いつもここから」始めるパートナーシップ
❹まとめ:タイムマシンにのっているあなたを人は好きにはならない

悩むこと、あります

あのね、あるんですよ、ウジウジすること。
私は結構「悩むこととかあるんですか?」って聞かれるのですが、
自信を持って答えます「ええ、ありますとも!」と。
なんなら、私以上に悩んできた人もいないんじゃないかと言うほど。

ま、厳密に言うと、だんだん悩まなくなっていたし、
「今を生きる」感覚身につけてからは「あぁ、もう悩まないかも」とさえ思うけど、
悩み始めが早かった。

小学校2年生くらいから悩むことは始まったし、そ
れ以降定期的に悩みのループはやってきて、
悩み始めると「またこの季節がやってきたか」と、
小学校のときには既に達観してたわ 笑

ま、小学校6年生から12年間日記を書き続けたことで、
その辺りはだいぶん解消したけど、やっぱり悩んでいたわけ。

一体、何にか?

「未来の囚われ」だった私

あの、当たり前のことを言うかもなんですが、
「今を生きてない」としたらどこに生きていると思いますか?
あ、宇宙とかではないです。

「未来」か「過去」のどちらかに生きていますよね。

厳密に言えば、もちろん「今」にも生きている
(そうじゃないと、普通に生きてはいけない)んだけど、
たぶん幸せに生きるバランスからすると
ちょっと「未来または過去が過多」になっていると思われます。

逆に、今「だけ」でももちろん生きていけない。
特に、事業とかしてたら未来の戦略も考えていかないといけないからね。

ただ以前の私は、すごく未来を生きようとしていました。

「未来を生きる」なんていうとちょっとかっこいいけど、
要するにいつも未来を夢想し、夢想しては今それが得られていないことに落胆する。
そんなことを無限に繰り返していました。

具体でお話しますね。

[aside type=”boader”]
夢想の具体例

「今年、売上が●●●●万円にいきたいなぁ」
「そうだ、来年は、●●●●万円にいきたいなぁ」
「そしたら、○○に、旅行とかできちゃうなぁ(わくわく)」
「あ、理念づくり(私の仕事)が100件達成したら、こういう本も出したいなぁ(わくわく)」
[/aside]

っと、とめどなく妄想はあふれる夢見る夢子ちゃん。
実際、現実が割と調子が良い時は、いいです。
「おぉ、妄想に近づいてる〜」って感じで気分がいい。
なんなら「この世は我が物〜」くらいでスパークしてます。

けどね、自営でやっているとね、そうじゃない時もくる訳です。
するとね、妄想の状態と今の状態のギャップに、押しつぶされそうになるわけ。

[aside type=”boader”]

心の中の叫び

● わぁ、私、こんな風になりたいって考えているけど、
もしかして、全然そんな風にならないんじゃない?

● わぁ、未来とはすっごいギャップがあるのに、
何したら良いかわかんないよ(汗汗)

● あぁ、なんで過去の私はあんな風にバラ色のことイメージできたんだろう?
なんか恥ずかしいと同時に過去の自分が羨ましいし、今やるべきことわかんないし、
「ん、もー、あ〝ーーーーーーーーーーっ!!」ってなって、
もはやしっかりと過去にも生きはじめたり。。。苦笑
[/aside]

で、しまいには、朝起きるのが怖くなる。
「あぁ、今日もまた1日が始まるのか、現実に戻りたくないなぁ。。。」と。

「スティーブ・ジョブスが言ってたな、
そんな状況が3日続いたら、考えた方がいいって。
そんなん言ったら、この状況、なんなら3週間続いているよ。
実はこの仕事向いてないのかなぁ。。。オーマイゴーーーーー!!」

せ、せわしい。笑

ってわけで、2週間くらいまではそんな状況のただ中。

[aside type=”boader”]

2週間前までの心の中

どこかで「これくらい深く悩むときってなぁ、結構でかいブレークスルーが来たりすんねん。せやせや。こんなに悩むなんて、きっと光も大きいに違いない。それにさ、こういう悩みを経験するとさ、いろんな人に寄り添えすようになるし、仕事的にもプラスやん?」
[/aside]

と、相変わらず、せわしい。笑

ほんと、誰か私の思考をとめてーーーーー!!って思いますわよ、本当に。

って、前回もブレークスルーが起こる前はそうだったんだけど、
顔で悪化していくニキビ(もう年齢的に肌荒れ?)
を苦々しくも愛おしく感じながら過ごしておりました。

ごきげんメンタル養成講座でブレークスルー

以前のブログにも書いたのですが、私は6月の上旬から、
スポーツドクターの辻秀一さんの元で、
ごきげんに生きるメンタル養成講座を受講していました。

毎週木曜日の朝に、1時間開催されるこの講座。
理念づくりのお客様とのセッション前にふとご紹介いただいたことがご縁で受講。

我々は、左脳的でロジカルなビジネススキルを自主的に学ぶことは多くても、
実は「自分の心の扱い方」って知らなくないですか?

少なくとも私はその一人。
結論から言えば、そのロジカルを突き詰めた先にある「認知スキルの果てしない高度化」により、
私は自分で自分を苦しめていたことに気がつきました。

毎年私は「(五月病ならぬ)六月病」になるし、
その時期のための少しでも息つぎのヒントになれば、と思って受講しました。

それが、人生を変えた、と言っても過言ではないほどの大当たり。
話だすと長いので、ぜひ辻先生の講座を受けていただきたいのですが、
私にヒットしたのは、3回目の受講の時でした。

私たちは「認知の暴走族」、不安定さと接し続ける不幸。

辻先生の授業の中では、「認知スキル」と「ライフスキル」
という二つのスキルが中心となって話が展開されていきます。

[box class=”glay_box” title=”認知スキルとは”]

文明が進化し、また私たちが子どもから大人になるにつれて
メキメキ発達させてきた機能。
ある「結果」を出すために、周囲の「環境」をつぶさにキャッチしながら「行動」し、そこに意味付けをしていく。この変化の早い現代において、外的環境に対応しながら成果を出していく、それは本当に素晴らしいことです。
辻先生の授業でも、このスキルのことを全く否定しませんし、私たちが社会の中で生きていくには決して欠かすことのできないスキルです。(逆に言うと、これができなくなった状態は「認知症」であり、社会生活が困難になることをご理解いただけると思います)
[/box]

[box class=”glay_box” title=”ライフスキルとは”]
何か感情が起きた時にそれに「気づき」、どこからその感情が起きているのかという「原因を捉え」る。そして、本来そこに「意味付けはない」という真理を思い出し、さぁ、「ごきげんでいることの価値」を考えてみましょう。という一連の取り組みです。[/box]

認知スキルとライフスキルは、右手と左手のようなものであり、
どっちも必要ですが、回路は違う、そんなイメージです。

で、どちらも必要なのですが、得てしてまずいことが発生しがちで、それは「認知の暴走」です。

どういうことか、簡単に言うと、「外的要因に振り回され続け、
常に不安定な状況に陥ってしまっている」
ということです。

あの、認知はですね、常に外界に接しています。
外界ってなんですか?それはつまり「常に変化し、不安定で、不確定で、
自己コントロールの影響範囲が極めて低い」そんな対象です。

だって、私たちは天気もコントロールできないし、
人がどう思うかもわからないし、一生懸命やっても結果が出るとは限らない。

そんな超不安定社会の中で生きています。

こればっかりを追いかけていたらどうですか?
確かに、その不安定な世界だからこそ、達成したときは最高に嬉しいです。
この上なく嬉しいです。この世の春だと思えます。

しかし、そんな状況も長くは続きません。
なぜなら、私たちが常に認知スキルを肥大化させている限り、すぐにまた不安になるからです。

それは「何かがあれば幸せ」だけど「何かがなければ不幸せ」という状況であり、
認知が暴走している限り、私たちの平穏はないのです。
だって、依拠しているものが常に不安定で不確定だから、
それはある意味自然の摂理なのですから。

この認知スキルの暴走に、自分の振り子を持って行っている限り、
断言しましょう、あなたに恒久的な心の平穏は訪れません。

「 幸せ = 一生懸命 = 今を生きる 」だったのか!!

では、心の平穏はどうすれば起きるのでしょうか。
そこで出てくるのは前述した「ライフスキル」なのですが、
この存在を知ったり、ワークしてみただけではあまり効果がありませんでした。

え、「この世に意味付けはない」それが真理、
だから意味付けは外しちゃって、ごきげんの価値を考えましょう。って言われても、
私が今悩み、心の中に嵐が吹き荒れているのもまた私の事実。

意味付けはない、なんて言われても、今の自分の心の説明がつかないよーーー!
ってまたまた苦しんでました。
(本当に、ご苦労様ですよ。うんうん、今となってはそんな自分も愛しいくもありますが)

だけど、3回目の講義で説明くださったロジックは、私には非常にわかりやすかった。

あの、大事なんですよね。私たちはどう頑張ってもやっぱり「認知スキル」が強大なんです。
だから、アプローチも、認知=お勉強から入らないといけない。

(瞑想とかの)体感覚から入るのもありだとは思うんですが、
普段使っているコマンドから入れた方が、やっぱり分かりよいわけ。
認知に生きる和たちたちだからこそ、入れ方も考えたいですよね。

で、辻先生に言われたの「頑張っている時って、楽しくなかった?」って。
「小さい頃、泥ダンゴつくって遊んだりしてなかった?それって、
何かお金を稼げるとか、名誉になるとか、そんなんとは関係なかったよね?
でも君たちそれ、楽しくなかった?」

それがフロー = ごきげんな状態であり、
それって他因子じゃなくって、自分でコントロールできるものだよね。
それは何か結果が出る結果楽しいんじゃなくって、そもそもその状況が楽しいんだよね。

それは、君たち自身でコントロールできる。
コントロールできるものは安定している。
安定した状態だと、質の高い思考や判断ができるので、結果それは質の高い行動につながる。
だから成果が出ていく。と言われました。

あの〜みなさん、今からサルでもわかる問いかけを一つしますね。
みなさん、選べるとしたら、以下の二つの選択肢のうち、どちらを選びますか?

——————————-
選択肢①

不安定でコントロールできず、得てして過程が辛く苦しく、成果が出にくい選択肢

選択肢②
地に足がついていて安定しており、それをやっていること自体がそもそも楽しい。良い状態で思考や判断をするため成果も出やすい選択肢
——————————-

言わずもがな、選べるなら後者ですよね。
選択肢①は認知の暴走が続いている状態であり、
選択肢②はライフスキルを駆使しながら、一生懸命に集中している状態です。

選択肢②は、何かがあるから幸せなのではありません。
取り組んでいるその状態自体が楽しみであり、幸福感を与えてくれます。

私は、自分の認知スキルをつかってこの選択肢②の価値を理解したことで、
ストーンと腹落ちしました。

なーんだ、未来の結果に囚われている限り、私に幸せは訪れません。
やってくるのは、焦りと後悔です。

だけど、今にフォーカスして一生懸命生きていれば、それ自体が楽しく、価値がある。
その自明の事実に、本当にスコーーーンと頭を撃ち抜かれました。

気がつけば「今を生きられる」ように

で、そこに腹落ちしてからね、いきなり自分の感覚が変わり、
今までの悩みが嘘のように消滅したの。

ほんと、そういうシフトが起こる時、人間ってかくも簡単に迷い、
かくも簡単に悩みから解放される愛しい存在だって、
勝手に愛情が湧き上がってくる(だから人生は楽しい)

その気づきがあってから30分後に、いつもお世話になっている施術家の影山先生のところに行ったら
「呼吸が長くなっている。この長さ、なかなかないよ」とのご指摘。

そうだよね、やっぱり心と身体って一心同体。私の心が変化すれば、
身体も一気に変化するわけです。

未来なんてどうでもいい

あの、冒頭で述べた通り、未来を考えることは大変重要なことです。
未来を考えてなかったら、時代に取り残されかねません。

だけど、感覚的には、ホント、こんな感じ。
いや、未来がどうなるかなんて知らないし、どうでもいい。
とにかく私は、今やるべきことを全力でやるんで、よ・ろ・し・く。みたいな。

えーーーーーっ、どこに行った?昔のめんどくさい自分。
理屈をこねくり回し、未来と現在、過去を行き来しまくっては、地から足が離れていっていた、自分。

タイムトラベラーゆっこは一体どこに行ったんだ!!笑

って、自分が全然慣れないくらい、突然に変わった。

失うものなんて、何もない

いやさ、このセリフもさ、よく聞くじゃない。
「君たちに失うものなんてないからさ、ほらなんでも挑戦しなよ」みたいなやつ。

そんなこと聞くたんびに、「確かに失うものはないけどさぁ、
怖いんだもん、だって(ビクビクオロオロ)」みたいな感じ。
だったんだけど、今や

「失うものなんて何もない」

って、もう、少年漫画の主人公ばりのドヤ顔で言えるようになってしまいましたよ。
なぜーーー急にーーー??

他人がどう思おうが、関係ない

いやぁ、どんどんオラオラ系になってきましたねぇ。
私はけっこう行動も大胆な方なので気づかなかったんですけど、変わって気づきました。
私、人からどう思われるかをかなり気にしていたし、ビクビクしてましたよ。

けどね、今は、そんなことどうでもいいんです。

自分がやるって思ったことであり、相手にとってもメリットがある、
って思うものは、ガンガンやる。

だってさ、やらない理由がないじゃない。自分にとっても相手にとってもいいことを、
相手の反応を気にしてやらないって、結局保身じゃん。
そんなんで、得たい未来なんて、得られるもんか。

えいえい、外野の反応なんて気にしない。
私にできること、それは今を一生懸命生きること、ただそれだけ。

もう、地に足のつけられない、タイムトラベラーになんか戻らない。
「今を生きる」ただそれだけ。

それが、この32歳、本厄かつ大殺界月の6月に出した私の答え。

なんなんだ厄年、最高かよ。

って訳で、私を無敵にしてくれた「今ここ」思考、仕事編でした。

気になった方は、ぜひ次も読んでみてください^^

❶ はじめに:こうして私は無敵になった
❷ 仕事編:未来に囚われていたわたし ← 今回はここ
❸プライベート編:「いつもここから」始めるパートナーシップ
❹まとめ:タイムマシンにのっているあなたを人は好きにはならない

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